豊岡亀城ライオンズクラブ

亀城の由来

天正8年(1580年)、羽柴(のちの豊臣)秀吉は、但馬平定に際し、彼の部将宮部善祥房継潤を豊岡城に置き、城下の経営に当らせた。亀城とは、その豊岡城の別称である。
 亀城は、元和元年(15年)の一国一城令によって廃城になったが、寛文8年(68年)以降京極氏の治下になっても藩邸を中心に、この豊岡の「ご城下」は、穀倉地帯の中心地として、また円山川の水運の基地として発展をとげた。
 明治5年、亀城の天守台跡に皇祖遥拝所が設けられ、以来神武山と呼ぶようになった。